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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1424号 判決

控訴人 中田綾子

右訴訟代理人弁護士 竹上半三郎

同 竹上英夫

被控訴人 森健次

右訴訟代理人弁護士 堀場正直

同 堀場直通

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の関係は、左記のとおり附加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一、控訴代理人の陳述

1.仮りに被控訴人主張の売買契約が成立したとしても、本件売買契約書の第三条には但書として、本件土地が宅地に変更できない場合は売主が買戻す旨を追加記入しており、被控訴人は右契約書と中田卯之助の印鑑証明書(昭和二八年一一月九日付)を仲介人中山幸太郎から受取ったものの、本件土地の買取をあまり希望していなかったことと、いつ農地転用許可を受け得るかの見通しもついていなかったこと等の理由により、そのまま放置していたのである。これによってみれば、右売買契約は右印鑑証明書の有効期間である昭和二九年二月八日の経過とともに合意解除されたものというべきである。さればこそ中山は中田から本件土地の売却を依頼されながら周旋料を受取っておらず、また土地代金の領収証も受取っていないのである。

2.原判決摘示の事実第五の二、三の事実はいずれも否認する。

二、被控訴代理人の陳述

1.控訴人主張の合意解除の事実は否認する。

2.農地法第三条、第五条所定の許可は農地所有権移転の効力発生のための法定条件であり、右許可申請手続を求める請求権は農地所有権移転の効力を発生せしめるについて不可欠の要件として行使することを要するものである。従ってそれは常に登記請求権に随判する権利とみるべきであり、時効による消滅あるいは中断についても登記請求権とともに消滅あるいは中断の効果を受けるべきものである。そして右登記請求権は右許可があった場合取得しうべき本件土地の所有権にもとづく物権的請求権と考えるのが相当である。従って右請求権に消滅時効の規定の適用はなく、これに随伴する許可申請の請求権も消滅時効にかからないと解すべきである。

3.原判決摘示の事実第五の一(原判決九枚目裏五行目)の「適用はなく、」の次に「同条第二項が適用さるべきであるから控訴人主張の」を加える。

三、証拠〈省略〉。

理由

一、本件売買契約の成立について

1.〈証拠〉によれば、被控訴人は、中山幸太郎を代理人として、昭和二八年一一月九日売主中田卯之助連帯保証人中田勇男との間に右卯之助所有の原判決別紙目録記載の土地を、農地法五条所定の許可を条件として、代金三三万円で買受ける旨の売買契約を締結し、同日契約書(甲第一号証)を作成すると同時に代金三三万円を卯之助に支払ったことを認めることができる。

もっとも前記中山証人は原審(第一回)において、右契約書の作成および代金の授受は中山方に赴いてしたものであり、その場には卯之助夫婦、勇男夫婦が居合せた旨供述しているのに対し、原審ならびに当審における証人中田キク江(勇男の妻)は当時右契約書を見たこともなく、金銭の授受に立会ったこともない旨供述し、そのいずれが真実であるかはにわかに断定しがたく、また中山証人は当審において右代金三三万円は一万円札で被控訴人から受取りこれを卯之助の面前で勇男に交付した旨供述(その後右供述を訂正)しているが、昭和二八年当時はいまだ一万円札は発行されていなかったことは公知の事実であるから、中山証人の右供述部分は明らかに誤りといわねばならない。これらの点からみると中山証人の証言は全面的に信用しうるものとはいえないのであるが、それは右契約書の作成ないし代金の授受に立会った人物および代金として支払った金銭の種類を特定するに足りる心証が得られないというにとどまり、これにより前記契約書作成および代金授受の事実自体を疑わせる程の心証は得られない。なお前記証人中山幸太郎の証言によれば、中山は前記代金授受にあたり卯之助または勇男に領収証を書かせておらず、また本件売買の周旋料を受取っていないことが認められるが、これまた前記認定の妨げとなるものではない。他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。

2.次に控訴人は、本件売買契約は昭和二九年二月八日合意解除されたと主張し、本件契約書に本件土地が宅地に変更できない場合は売主が買戻す旨の条項があることは甲第一号証の記載により明らかであり、当時右土地の宅地転用許可が得られる時期について見通しがつかなかったことは前記中山幸太郎の証言によりこれを窺うことができるが、被控訴人において右契約を解除すべき意思を有しこれを表示したと見られるような事実を認めるに足りる証拠のない以上、前記の代金領収証の作成周旋料の授受が行われなかった事実を加味して考えてみても、控訴人の右主張は到底採用しえない。

二、本件土地の非農地化について

1.被控訴人の主張する区画整理による換地処分の完了したことにより直ちに本件土地が非農地化したと解しえられないことは、原判決理由(原判決一二枚目裏五行目から一三枚目表三行目まで)に説示するとおりであるから、ここにこれを引用する。

2.次に、原審ならびに当審における証人中田キク江、原審証人岩元孝行の各証言およびこれによって成立を認めうる乙第一号証の一ないし三によれば、控訴人の父勇男、祖父卯之助は昭和三二年頃まで本件土地で稲作をしていたが、その頃道路寄りの約二〇坪を盛土して畑にし、田の部分は水溜りと化し、昭和三四年頃まで右畑を耕作していたこと、卯之助らは昭和三五年春畑作をやめて畑の部分を広瀬某に材木置場として賃貸し、ついで草野某に前同様材木置場として賃貸し(その賃貸期間は確認しがたい。)ついで昭和三九年春頃からは本件土地全部を桑原土建に材料置場として賃貸したこと、桑原土建は右賃借後窪地の部分を埋立てて使用したことが認められる。

3.〈証拠〉によると、被控訴人は昭和三九年初め頃本件土地の窪地部分にトラックで残土を投棄している者があるのを発見し中山幸太郎とともに本件土地に臨み勇男を呼び出して抗議したところ、勇男は被控訴人に対し本件土地を売渡したものであることを認め、被控訴人とともに右残土投棄を中止させたこと、その際被控訴人が現場の模様を撮影したのが甲第九号証の一ないし四の写真であること、当時の本件土地の状況は、田の部分は窪地をなして水溜りとなり、雑草が生育して稲作ができる状況ではなく、畑地の部分は材料置場に使用され、本件土地の隣地には高層共同住宅や個人の住宅が建てられ市街地として開発される状況になっていたことが認められる。

ところで、右写真の撮影時期については、〈証拠〉によると右名刺は昭和三八年四月一八日以降右勇男が作成したものであることが認められ、また当審証人山田清三郎の証言によれば、本件土地の隣地(立石六丁目二八〇番)の所有者である山田清三郎は右土地を昭和三八年まで畑として耕作し、翌三九年からこれを材木置場として他に賃貸したこと、前記甲第九号証の四の写真には右山田の所有地の一部が写されており、そこに材木が積まれていることが認められ、なお、前認定のとおり本件土地は昭和三九年春頃桑原土建によって整地がなされたが、右甲第九号証の一ないし四によれば本件土地には窪地が存することが認められるので、これらの事実を総合すると、右写真は昭和三九年初から同年四月頃までの間に撮影したものと認めるのが相当であり、前記中山幸太郎、同中山幸輝の撮影時期に関する証言は信用できない。

4.〈証拠〉によれば、本件土地は地目は田であったが、昭和三八年度の固定資産税台帳の作成にあたり台帳上現況雑種地に変更され、同年度固定資産の価格は前年度の四、三〇〇円から一〇万七、八〇〇円に、昭和三九年度のそれは一七二万〇、四〇〇円に上昇し、昭和四一年度の価格は二一四万五、〇〇〇円となったこと、右のように課税台帳上農地が非農地かの現況を認定するに当っては、所轄税務事務所において現地につき土地の環境、機能、利用の態様を調査したうえで認定するものであることが認められ、本件土地についても葛飾税務事務所の職員が昭和三七年中に右のような現地調査を行ったうえ現況雑種地と認定したものと推認される。

5.以上認定の諸事実を総合して考えると、本件土地は卯之助および勇男が昭和三五年以降耕作を休止したことによる水溜りの窪地の発生、残草の繁茂、周辺の土地の宅地化等によって昭和三七年末頃までには農耕に適しない雑種地となったものと認めるのが相当である。このことは前記甲第九号証の一ないし四の写真の撮影時期が昭和三九年初頃であることによって影響されるものではない。けだし右写真に顕出された本件土地の現況はすでに非農地の様相を呈していること前認定のとおりであるからである。

三、本件売買契約の効力について

1.農地の売買契約において、当該農地の現況が農耕に適しない雑種地に転化し、知事の許可を要しなくなった場合には、右のような売買契約は知事の許可なくして完全な効力を生ずるものと解するのが相当である。そうすると本件土地が昭和三七年末頃既に非農地となったことは前示のとおりであるから被控訴人は遅くとも昭和三七年末頃までに本件売買契約にもとづき中田卯之助の相続人勇男から本件土地の所有権を取得したものというべきである。そして卯之助が昭和三六年三月一四日死亡し勇男がこれを相続し、勇男も昭和四二年一〇月五日死亡し控訴人がこれを相続しその権利義務を承認したこと、控訴人が本件土地の登記簿上の所有名義人であることは、当事者間に争いがない。

そうすると、被控訴人の本件土地所有権取得の時期が右認定のとおり昭和三七年末頃と認められる以上、控訴人主張の債権的請求の消滅時効完成の主張を容れる余地はなく、また控訴人主張のような土地の値上りが認められるとしても、それだけでは事情変更による契約解除原因となり、もしくは被控訴人の本訴請求が信義則違反であるとは未だ解し難いから、右の点に関する控訴人の抗弁はいずれも採用することができない。

四、結論

以上のとおりであるから、控訴人は本件土地の所有権にもとづく被控訴人の請求に対し所有権移転登記手続をなすべき義務がある。よって被控訴人の右請求を認容した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 小池二八 裁判官渡辺忠之は転任につき署名押印することができない。裁判官 杉山孝)

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